知ったかぶりの末路

日常の中で感じた悩みと行動

悩み:慣用句のような言い回しで話をされるのが嫌だ。
行動:意味を聞いてみる
解説:コンセンサス、コミットメント、コンセプト、エポックメイティング、イノベーション、マウントをとる
これらのカタカナが横文字として一般的な言葉として使われるようになってきました。
少し前までは、よくわからないであろう言葉を使って、なんか、難しい話をしている雰囲気を出して、その場の主導権を握ろうとする人がいました。
現在、上のような言葉は当たり前に使われすぎて、下手に使うと痛烈なコメントをもらいます。
もともと、難しい言葉をわかりやすくすることに生きがいを感じている私としては、もし、間違った意味だな。って気づいたら、口を挟まずにはいられないです。

今日問題になるのは、もっと日本語でよく言い回されていることばです。
 まぁそこはほら、わかるでしょ?
 そんなのできないってきまってるでしょ?
 ご存知のこととは思いますので説明は割愛いたします。
 経験を重ねるしかないですよ

などなど、漫然と同調をもとめ、明確な説明を省いている場合があります。
話している本人は、面倒な説明を省いてやっている。と自分はわかっているように振る舞います。
しかし。ほとんどの場合、演者は正しくわかってません。
ん、怪しいな。と思ったら、「それってどう言うこと?」と説明を求めます。
 第1、「1から説明するものでもないと思いますので」
 第2、「既に皆さんご存知のことだと思いますので」
 第3、「飲みながら話すような話になりますのでこの場では、」
 第4、「説明にお時間とらせてしまいますので」

いいから、知ってることから話してみてよ。
「〇〇の件については、山田さんに話を聞いておりますので、私の意見と言うことではないのですが、〇〇と理解しております。」
では、山田さんも同じ意見なんですね。
「そう理解しております。」
山田さんどうですか?
「全く違いますね」
ではこの話は何が根拠になっているのですか?
「はぁ、私の理解と異なっておりました。」
ではこの話は、こう言う根拠によるものですか?
「ええその通りです。」
であればここは私と同じ解釈ですよね。どのように考えましたか?
「〇〇と考えました。」
いえ、全く違いますね。

・・・

雰囲気の波に任せて、知ったかぶりを続けた場合、相互の信頼関係で、多目に見てくれる。(適当に言ってるってわかるけど、聞き流してやるか)
こともありますが、悪い影響へ派生させられそうなときは、徹底して叩かれます。

知ったかぶりではなく、主体的な自分の意見として発信する必要があります。
最終的に、誰々さんに言えって言われたから。誰々さんのせいだし。と責任逃れを前提にした場合、質問に対する答えがあやふやになり、不幸な結果になります。

意見を発信するときは、自分の意見として発信することが大切です。

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